『神々の山嶺(かみがみのいただき)』を読み終えての思い「何故に山に登るのか」、「そこに山があるからだ」というやりとりは有名だが、
あなたは、「何故に生きているのか」に等しいような愚問に思えてくる。
この『神々の山嶺(かみがみのいただき)』を読んでみると、そう思えてくるほど、鮮烈な印象が残る。
昔読んだ五木寛之の本に、福岡の、川筋者が言う「理屈じゃなか!」という言葉が記憶に蘇る。
短い言葉なのだが、何で?という質問に、昔から使ってみたいと思ってはいたのだけど、私のひたすら、楽な道を選ぶ生活のなかで、この言葉を駆使して説明するほどの場面にはまだ遭遇はしていない。
ひたすら困難な道程を選んでしまう、心の中を表すのは、難しいと思うが、
夢枕獏さんの、思いなのか、男として、ひたすら地球最高点に達する、目の前の事に要するエネルギーの表現と、地球最高点に達した男は何処へ向かうのかの表現に感動です。
男たちの魂は、『神々の山嶺(かみがみのいただき)』から、宇宙へと向かい、解き放たれ、人が、「何故に生きているのか」を考えさせられる。
山が好きな人ばかりでなく、人生に悩んでいる人も読まれるといい、と思うのは「あっし」だけでしょうか。
漫画が先か書が先が・・・
漫画買って来よう〜